宮崎地方裁判所都城支部 平成6年(ワ)164号 判決 1998年1月28日
原告
有限会社桑原建設
右代表者代表取締役
桑原一喜
右訴訟代理人弁護士
樫八重真
被告
高原町
右代表者町長
朝比奈紀行
右訴訟代理人弁護士
殿所哲
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一 請求の趣旨
一 被告は原告に対し、金一〇二九万七四〇〇円及びこれに対する平成七年一月一日から年五分の割合による金員を支払え。
二 被告は、宮崎日日新聞に別紙一記載の謝罪広告を別紙二記載の条件で一回掲載せよ。
第二 事案の概要
本件は、建設業者である原告が、被告の発注する建設工事について、被告の前町長横田修(以下「前町長」という。)から恣意的に指名競争入札の指名を回避されたとして国家賠償法一条一項、四条、民法七二三条に基づき損害賠償と謝罪広告を求めた事案である。
【争いのない事実】
一 当事者
原告は、被告の町内に住所を有する建設業者であり、昭和四六年ころから被告が発注する建設工事について指名競争入札参加資格を有しており、平成五年度以降も指名競争入札参加資格審査の申請をし、指名競争入札参加資格業者名簿(B級)に登載されていた。
二 指名競争入札の指名
被告は、普通地方公共団体であり、町長は、建設工事の契約の指名競争入札について、指名競争入札参加資格業者名簿に登載されたものから指名しており、指名に関し、「指名競争入札参加者の資格、指名基準等に関する要綱」(乙一、以下「本件要綱」という。)を設けていた。その内容は次のとおりである。
1 指名競争入札参加者の決定
町長は、課長からの指名推薦に基づき指名競争入札に参加させる建設業者等を決定する(一〇条)。
2 指名基準
指名競争入札に参加する建設業者等を指名する場合、経営及び信用の状況について留意する(九条(5)ア)。
3 指名回避
町長は、建設工事等に関して業務等に関し不正又は不誠実な行為があり社会的に重大な影響を及ぼしたと認められるときに該当する有資格者については、一二月内の期間指名しない(以下「指名回避」という。)ものとする(一三条、別表第3の9)。
三 前町長は、その発注工事につき、平成五年一一月以降、原告が指名を辞退した平成六年一一月三〇日まで、原告を一度も指名していない。原告代表者は、前町長に対し、平成五年一二月一六日に内容証明郵便で本件工事について指名回避したことの理由について書面での回答を求める催告書(甲二)を送付した。
四 原告は、被告に対し、前町長が被告の公共工事の指名競争入札において平成五年一一月から平成六年一一月三〇日まで一度も原告を指名していないことが違法であるとして、国家賠償法一条一項、四条、民法七二三条に基づき請求の趣旨記載の損害賠償と謝罪広告を求めた。
五 なお、前町長が指名競争入札において原告を指名回避をした行為は、①公務員の職務行為であり、②指名競争入札は私経済作用とは異なり、公の事業の管理関係で公行政作用に係わるものであるから、公権力の行使(国家賠償法一条一項)に該当する。
【争点】
原告は、選挙において前町長の対立候補者を支持したため、「平成五年発生公共土木施設災害復旧工事」のうち、平成五年一一月一六日(乙二〇はその決済伺書)及び同月二六日(乙二六はその決済伺書)に指名競争入札が実施された工事(以下「本件工事」という。)以降、前町長により恣意的に指名回避をされたもので町長の有する裁量権の踰越又は濫用があり、これが国家賠償法一条一項にいう「違法」に該当し、そのことで被告から受注ができず、得べかりし利益を失ったことによる損害を負い、名誉・信用が毀損されたと主張している。
これに対し、被告は、前町長が本件工事の指名競争入札に原告を意図的に指名をしなかったことはなく、また、平成五年一二月二六日以降については、原告代表者が町職員に対して暴言を吐く等の行為があったため、指名回避(以下「本件指名回避」という。)したもので町長が有している指名の裁量の踰越又は濫用がなく、また、本件指名回避によって、原告の信用・名誉は毀損されていないし、損害も発生していないと主張している。
したがって、本件の主な争点は、①平成五年一一月に入札が実施された本件工事につき、原告を意図的に指名回避したか否か、②平成五年一二月二六日以降、原告を指名回避したことが町長又は町職員の有する裁量権を踰越し又は濫用したといえるか否か、③本件指名回避によって原告の名誉・信用が毀損され、得べかりし利益を失ったといえるか否かの点であり、当事者の主張は次のとおりである。
一 原告の主張
1 違法行為
(一) 指名競争入札における町長の裁量権
指名競争入札において町長の行う業者の指名は裁量行為ではあるが、決して恣意的独断を認める趣旨ではない。町長がその裁量権を踰越し又は濫用した場合には国家賠償法上違法となるというべきである。そして、町長が指名競争入札において特定の業者のみを何らの合理的理由もなく恣意的に指名から回避した場合には、町長の有する裁量権を踰越又は濫用したというべきである。
(二) 恣意的な指名回避
本件工事につき、原告は工事を所管していた被告建設課課長から指名推薦書に記載され、指名推薦されていたにもかかわらず(本件要綱一〇条)、前町長は原告を指名から回避した。さらに、【争いのない事実】記載のとおり、原告が指名を辞退した平成六年一一月三〇日まで前町長は意図的に指名回避した。
これは、原告代表者が、平成五年九月二六日施行の被告町長選挙において、前町長の推薦状に署名せず、対立候補者のために選挙運動を行ったため、前町長が恣意的にしたものである。このことは、被告の建設課係長である今西達雄(以下「今西」という。)が明確に本件工事について原告が推薦書に記載されていたにもかかわらず、指名されなかった旨供述していること、及び被告において指名業者の推薦が『一定の期間毎に』一定の業者をグループを単位として決められており、『一定の期間』はそのグループの構成が変わることがなく、原告と同一のグループに属していた他の業者が平成五年一一月一六日及び同月二六日に実施された競争入札には指名されているのに、原告のみが指名されていないこと、さらに、前町長が本件工事について指名回避したことにつき、前町長はそのことを否定しながらもその合理的な理由を何ら主張していないことからも明らかである。
したがって、前町長が原告を平成五年一一月一六日以降指名競争入札における指名から排除したことに関し、その裁量権に踰越又は濫用が認められるというべきである。
(三) 被告は、平成六年一二月二六日以降の指名競争入札における本件指名回避については、①原告代表者が被告所属の各課長に対し、指名競争入札に原告を指名しなかったことにつき暴言を吐いたこと、②指名回避した理由の回答を求める催告書を送付したこと、③町税を滞納をしていたことなどを理由として、指名回避をしたと主張している。
しかしながら、そもそも、このような事実が法的に指名回避する理由となり得るかは疑問である。そして、原告を指名回避したのは前記のとおり一一月一六日以降であること、右事由は各課の共通の認識となっていたと被告は主張しているのに、被告の職員も右の事由を何ら聞いておらず、指名回避されたとされる時期以降も耕地課においては一旦原告が推薦書に登載されており、各課共通の認識とはなっていなかったと認められることからして、右理由は本訴が提起されてから無理やりこじつけたものにすぎない。その上、原告代表者が、町職員に対し暴言を吐いたことはなく、単に担当課長らに対し、原告を指名回避したことに対し、その理由を問い糺したにすぎない。また、原告が町税を数回滞納したことは事実であるが、原告が滞納していた以前でも指名されたことがあるし、滞納していた他の業者も指名されており、この点も指名回避の理由とはならない。
2 損害
(一) 逸失利益
平成四年度における被告が原告に発注した工事の総額は一九六二万円であり、原告の利益率は二七パーセント以上であるから、原告は少なくとも指名回避されたことで平成四年度の受注額を原告の利益率で乗じた金額である五二九万七四〇〇円の損害を被った。
(二) 名誉・信用棄損
被告の指名回避により原告が税金を滞納しているのではないかとか何か悪いことをしているのではないかとのうわさが流れ、原告に対する社会的な客観的評価が著しく棄損された。そのため、同業者から工事完成保証人になることを拒否され、銀行も原告に融資を渋り、町民からも工事の依頼がされなくなった。さらに、宮崎県からの工事の受注もかなり減少した。被告が原告を指名回避したことによりこれらによる経済的損失は五〇〇万円を下ることはないし、さらに、原告の名誉の回復のために、謝罪広告が認められるべきである。
3 よって、原告は被告に対し、国家賠償法一条一項に基づき金一〇二九万七四〇〇円の損害賠償及びこれに対する違法行為の後の日である平成七年一月一日から民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求めるとともに国家賠償法四条、民法七二三条に基づき新聞紙に別紙一記載の謝罪広告を別紙二記載の条件での掲載を求める。
二 被告の主張
1 指名回避の違法性について
(一) 指名競争入札における町長の裁量権
指名競争入札参加資格業者は、普通地方公共団体に対し、指名請求権を有するものではなく、町長が指名しなかったとしても何ら違法となることはない。また、業者の誰を指名するかは町長が自由に決めうることであり、町長の行う指名行為は、純粋な自由裁量行為であり、裁量権の踰越又は濫用ということは考え難い。指名競争入札制度は契約担当機関と業者との特別な癒着を生ずるような恣意を排除することにより契約の透明性を確保しようとしたものに外ならず、むしろ客観的尺度に反する特定の業者を競争入札参加者として指名しないようにチェックする機能を果たさせる目的を有するものであって、原告が主張する受注機会の均等の確保を意図したものではなく、原告が指名されなかったからといって、町長の有する裁量権に踰越又は濫用があるとはいえない。なお、指名競争入札の参加者の決定は本件要綱一〇条のとおり町長は各課からあがってくる指名推薦に基づき決裁しているのみであり、指名競争入札参加者の実質的な決定は各課の課長である。
(二) 町長、助役、総務課長など被告の職員は原告が対立候補者を支援していた事実は全く知らず、そのことを理由として指名競争入札の指名を回避することはありえない。
(三) 平成五年一一月一六日及び同月二六日に実施された指名競争入札について
(1) 被告は原告を意図的に指名回避したことはない。
(2) 「平成五年発生公共土木施設災害復旧工事」は約六〇〇件にも及ぶ工事の発注が見込まれており、平成五年一一月段階で原告の指名がなされなかったとしても何ら奇異なことではない。
(3) 原告は、被告が工事を発注するについて指名業者をグループ化して入札していたと主張する。しかし、そもそも建設課の係員が便宜のため事実上、行っていたに過ぎず、固定化したものではない。そもそもそのようなグループ分けは業者と職員の癒着が生じ、許されないものであるから、指名審査会では、グループ化しないように指導がされており、いわんや特定の業者が特定のグループに加入されるという法的「権利」が付与されたり、形成されたりするものではない。業者側からみて「好ましいグループ」から一度や二度はずされたからといって何ら意味を持たず、原告の主張自体失当である。
(四) 平成五年一二月二六日以降の本件指名回避について
【争いのない事実】記載のとおり平成五年一二月一六日に原告から催告書(甲二)が送達されたため、町長が各課の意見を聴取したところ、①同月六日、原告代表者が各課の課長に対し、「指名競争入札に入れよ。さもなければ、課長の家族が苦しむことになる。」などの暴言を吐いていること、②指名回避をしたとしてその理由の回答を求める催告書(甲二)が送付されていたからには、指名競争入札制度が恣意を排除し契約の透明性を確保するために設けられた趣旨にかんがみ、直ちに原告を指名することは被告の見識を疑われかねないこと、③原告や原告代表者はしばしば町税を納付せず、原告を指名する段階で納付手続をしてもらい、その納税手続終了後、指名するといった繁雑な手続をしたことがたびたびあったこと、などの意見が出された。そこで、原告を指名競争入札において指名をすることはできないという各課共通の合意が成立し、その後は各課独自の見解として、それ以降原告の指名回避をした。したがって、平成五年一二月二六日以降原告を指名回避したことには十分に合理的な理由があり、町長又は各課長が指名に関しその裁量権を踰越又は濫用したとは到底いえない。しかも、前町長は各課長の右意見を尊重して決裁をしたにすぎず、その職務行為の基準に照らし、違法又は過失があるとはいえない。
また、右の事由で指名回避することは、本件要綱一三条、別表第3の9号にいう「業務等に関し不正又は不誠実な行為があり社会的に重大な影響を及ぼしたと認められるとき」に該当するものであり、本件指名回避は、右要綱に沿っているから、法的な根拠がないとの原告の主張は失当である。
2 損害について
(一) 名誉・信用棄損について
原告は、宮崎県の発注する工事を通常年と変わらず受注しており、宮崎県が原告の建設業者としての適格性を疑ったという事実は何ら認められない。したがって、原告が社会的、経済的信用が棄損されたという事実はない。
(二) 逸失利益について
原告は、平成六年一一月三〇日以降、平成六年度に三回、平成七年度に三回の指名辞退をしており、このときに自らの責任で入札に参加しておればかなりの利益を得ることができたはずであり、原告には逸失利益の喪失はないというべきである。そもそも、指名を受けたからといって、落札できるものではなく、指名されなかったことと得べかりし利益との間には法律上の因果関係はない。
また、原告は平成五年度以前も、平成六年度になっても町民税、固定資産税等を滞納しており、そのため入札業者に参加できなかったのであるから、得べかりし利益も存しない。
第三 争点に対する判断
一 指名競争入札における町長による指名について
1 指名競争入札における普通地方公共団体の長による業者の指名及びその通知(地方自治法施行令一六七条の一二)は、契約成立に向けた普通地方公共団体の私法上の行為(契約の申込みの誘引)に該当すると解されるものであり、指名競争入札参加資格がありながら指名が受けられなかった者が、行政不服審査法に基づく不服審査や行政訴訟等の救済方法により指名の請求をすることができないことは明らかである。
2 そして、地方自治法は、「競争入札における指名の方法に関し必要な事項は政令でこれを定める。」(二三四条六項)と規定し、同法施行令は、「普通地方公共団体の長は、指名競争入札により、契約を締結しようとするときは、当該入札に参加することができる資格を有する者のうちから、当該入札に参加させようとする者を指名しなければならない。」(一六七条の一二)と規定し、普通地方公共団体の長が参加資格を有する者からいかなる者を指名するかについては何ら規定をおいていない。これは、参加資格を有する者から当該工事に指名する業者を選定するにあたって、いかなる業者を指名するかの判断を地方公共団体の長の裁量に任せ、その裁量権の範囲を広汎なものとする趣旨からであると解される。すなわち、参加資格を有する者から当該工事に指名する業者を選定するにあたっては、その経営及び信用の状況、当該工事の地理的条件、手持ち工事の状況、技術者の状況、当該工事に対する技術的適性などの諸事情を考慮し、的確な判断をしなければならないことや、右のとおり本来契約締結に向けた私法行為(契約の申込みの勧誘)に該当するという性格からして、指名競争入札における指名を工事の契約の締結及びその履行の確保について責任を負う地方公共団体の長の裁量権に任せるのが適切であると考えられる。
3 ところで、競争入札は、公の事業の管理に係わり、純粋の私経済的関係とは区別される公共性が存在する。そして、指名競争入札は、業者が特定していることにより一般競争入札に比して不信用不誠実な者を排除することができる反面、特定多数の者の範囲を決定するに当たり、それが一部に偏重する弊害がないとはいえず、また、談合が極めて容易である。そこで、このような弊害をなくすため指名競争入札の参加資格を定めることが義務付けられている(地方自治法施行令一六七条の一一第二項)ところであるが、これだけでは右に述べたような弊害を除去するに十分であるといえず、国の会計においては、指名競争入札についての指名ができる限り機会均等に、かつ、公正に行われるようにするため指名基準を定めることを義務付けているところであり(予算決算及び会計令九六条一項)、被告においても本件要綱を定めている。
したがって、指名競争入札の性質上、普通地方公共団体の長が行う指名に関する裁量は、恣意的に参加資格を有する者のうちの一部の者を排除したり、一部の者を偏重したりし、長自ら策定した指名基準に反する行為を行った場合には裁量権の範囲の踰越又は濫用に該当するとして国家賠償法一条一項にいう違法となる場合があり得るというべきである。
4 そこで、以上の観点から、町長が原告を恣意的に排除し、町長策定の本件要綱に反するか否かを検討する。
二 平成五年一一月一六日及び同月二六日に入札がされた本件工事の指名について
1 【争いのない事実】記載のとおり、原告は、被告の町内に住所を有する建設業者であり、昭和四六年ころから被告が発注する建設工事について指名競争入札参加資格を有しており、平成五年度以降も指名競争入札参加資格審査の申請をし、指名競争入札参加資格業者名簿(B級)に登載されていたが、平成五年一一月一六日及び同月二六日に入札が実施された被告の本件工事について原告は指名されず、その後、原告が指名を辞退した平成六年一一月三〇日まで、原告は一度も指名競争入札において指名されなかった。また、原告代表者の供述によれば、原告代表者が、平成五年九月二六日施行の被告町長選挙において、前町長の推薦状に署名せず、対立候補のために選挙運動を行ったことが認められる。なお、被告の総務課長である吉田紀雄の供述によれば、平成五年発生した災害による復旧工事(平成五年発生公共土木施設災害復旧工事)は約六〇〇件にも及ぶ工事の発注が見込まれていたことが認められる。
そして、原告は、原告代表者が右の選挙において前町長の対立候補を支援したため、前町長が同年一一月に指名競争入札がされた本件工事の指名から恣意的に原告を排除したと主張しているのでこの点について検討する。
2 昭和六二年からの建設課係長であった証人今西は、平成五年一一月一六日に実施された建設課が担当した指名競争入札分について原告が入っている推薦書を作成し、係員、係長、課長補佐、主務課長の決済印を受けたが、町長だけが決済印を押さず、戻されてきたので、原告だけ除いた推薦書を新たに作成し、当初作成した推薦書は当分の間保管していたがその後破棄したと当公判廷で供述しており、また、平成五年一一月当時被告の建設課の庶務係長であった証人温谷文雄(以下「温谷」という。)も同月六日に右の指名競争入札について原告が入っている推薦書に町長の決済印を受けることができなかった旨供述している。
しかしながら、今西の供述については、当初作成した推薦書は前町長が原告を指名から排除したとの供述を裏付ける決定的な証拠であるから、その推薦書をしばらく保管していながら廃棄したというのは不自然である上、今西は年度初めに指名業者の推薦を一定の業者のグループを単位として行っており、平成五年一一月一六日の指名競争入札ではそのグループのなかから原告のみを除外しただけで内容の同じ新たな推薦書を作成し直した旨の供述しているところ、乙一五及び二四の一によれば、平成五年八月九日に行われた指名競争入札では原告、荒殿興業、前広建設及び松野建設の四社が指名されていることが認められ、今西の供述のとおりとすれば、本件工事の指名競争入札は原告が除外され荒殿興業、前広建設及び松野建設の三社が指名されることになるのに、乙二〇によれば、右三社以外に山本建設を加えて指名がされていることが認められ、今西の供述は客観的な事実とも合致しておらず、その信用性は低いというべきである。また、温谷の供述についても、上司の決済も受けないまま契約を発注し、前町長から減棒処分を受けた旨供述しており、そのことを恨みに思って意図的に前町長や被告の幹部に不利益な供述をしている節が見受けられる上、日記に「桑原外される。」と記載したことをもって原告が入っている推薦書に町長の決済印を受けることができなかったことの根拠として供述しているにもかかわらず、当裁判所にその日記の提出をしておらず、その信用性が極めて低いといわざるを得ない。さらに、今西は、課長から原告を指名から除外する理由の説明がなかったと供述しているのに対し、温谷は、平成六年二月ころ課長と今西とのやりとりのなかで原告が不適切な業者であるとの説明があった旨供述しており、両者の間で供述が肝心な点で食い違っている。
したがって、今西及び温谷の供述からは、前町長が原告を平成五年一一月一六日に実施した指名競争入札から恣意的に排除したと認定することはできない。
3 さらに、原告は、被告における指名業者の推薦が『一定の期間毎に』一定の業者のグループを単位として決められており、『一定の期間』はそのグループの構成が変わることがなく、原告と同一のグループに属していた他の業者(荒殿興業、前広建設及び松野建設)が平成五年一一月一六日及び同月二六日に実施された競争入札には指名されているのに、原告のみが指名されていないことを根拠として、この時点で原告が恣意的に指名から排除されたと主張している。
しかしながら、そもそも一定のグループを固定して指名をすることは、業者と普通地方公共団体の職員との間に癒着が生じる上、業者間の談合が極めて容易になるから、本来許されないものであり、そのグループからはずされたからといって違法の問題が生じる余地はないというべきである。しかも、乙二二ないし三二の決済伺書をみると、必ずしも指名の業者がグループ別に固定していたと認めることはできず、この点でも原告の主張を採用することはできない。
4 そして、前記のとおり、平成五年発生した災害による復旧工事(平成五年発生公共土木施設災害復旧工事)は約六〇〇件にも及ぶ工事の発注が見込まれており、平成五年一一月の時点で原告が一、二度指名されなかったからといって、前町長が恣意的に原告を指名から排除したと認定することは到底できないし、本件記録上、原告代表者が選挙において前町長の対立候補を支援したため、前町長が指名競争入札から恣意的に原告を指名から排除したと認めるに足りる証拠も何ら見当たらない。
5 したがって、本件工事の指名競争入札における指名について、前町長の裁量権の踰越又は濫用は認められない。
三 平成五年一二月二六日以降に前町長がした本件指名回避について
1 平成五年一二月二六日から原告が指名を辞退した平成六年一一月三〇日まで、前町長が指名競争入札において原告を指名回避したことについては当事者間に争いがない。そこで、本件指名回避が町長の裁量権の範囲の逸脱又は濫用に該当するか否かを検討する。
2 括弧内に掲記した証拠によれば、次の事実が認められる。
(一) 原告代表者は、平成五年一二月六日、被告の町役場に同年一一月一六日に入札があった本件工事についての指名がなかったことについて抗議に行き、税務課、耕地課、企画課、水道課、建設課、総務課の各職員に強硬に本件工事に指名されなかったことについての説明を求め、総務課長、企画調整課長、耕地課長らに対し、「その家族が悲しむことになる」などといった脅迫的なことを大声で述べ、原告を指名するように求めた(原告代表者、証人吉田紀雄、証人温谷文雄及び証人高妻経信の供述、乙七、弁論の全趣旨)。
この点につき、原告は原告代表者が、町職員に対し暴言を吐いたことはなく、単に担当課長らに対し、原告を指名回避したことに対し、その理由を問い糺したにすぎないと主張しているが、原告代表者の供述からもかなりの暴言を述べたことがうかがわれる上、被告に不利益な供述をした温谷でさえ原告代表者が大声で抗議をした旨供述しており、さらに、証人吉田紀雄の供述は、原告の言動について詳細であり、その信用性が高いと解されるから、原告の右主張は採用できない。
(二) 原告代表者は、前町長に対し、平成五年一二月一六日に内容証明郵便で本件工事について指名回避したことの理由について書面での回答を求める催告書(甲二)を送付した(この事実は争いがない。)。
(三) 原告及び原告代表者は、しばしば、町民税、固定資産税等の地方税を滞納しており、納期限を経過した後に納入しており(乙六)、指名に原告を加える段階で納税手続をしてもらい、その納税手続終了後、原告の指名につき繁雑な手続がたびたびあった(証人吉田紀雄の供述)。
3 以上の事実によれば、原告及び原告代表者はたびたび町民税、固定資産税等の地方税を滞納した上、原告代表者は平成五年一二月段階で、被告の職員に対して脅迫まがいのことまで述べて、指名するように求めており、原告の要求に応じて原告を指名すれば、業者の強要によって指名競争入札の指名を行うこととなり、被告の見識を疑われかねないと認められる。したがって、原告を指名に加えることはできないという各課共通の認識が成立していたか否かの点は別にして、町長が、平成五年一二月二六日以降原告を指名回避したことには十分に合理的な理由があり、前町長の裁量権に踰越又は濫用があったと認定することはできない。
4 ところで、町長が策定した本件要綱は、「業務等に関し不正又は不誠実な行為があり社会的に重大な影響を及ぼしたと認められるとき一二月内の期間指名しないものとする。」(一三条、別表第3の9)と定めており、右要綱はそれなりの合理性を有している。そして、原告代表者が行った右の行為は、本件要綱にいう「業務等に関し不正又は不誠実な行為があり社会的に重大な影響を及ぼしたと認められるとき」に該当すると解される。
したがって、前町長の原告に対する本件指名回避は平成六年一一月三〇日までの約一一箇月間及んでいるが、右要綱の規定には合致しており、この点でも前町長の裁量権に踰越又は濫用があったとはいえない。
5 したがって、前町長が指名競争入札における指名に関しその裁量権を踰越し又は濫用したとは認められない。
第四 結論
以上の次第で、本件工事の指名競争入札及び本件指名回避について前町長に違法があったと認定することはできないから、その余の点を判断するまでもなく、原告の請求はいずれも理由がない。
(裁判官近田正晴)
別紙<省略>